月夜見
 “春待香”

     *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
夏から秋への移行期も、そういやあ、
面倒臭いくらいにいつまでも暑い昼間がずるずる続くもんだったが。
それでもいったん涼しい日が来ると、妙に安堵するというか、
これからは涼しくなるばかりだねと
そんな風に気持ちが落ち着いたもんだと思う。

 「つか、残暑ってのは昼間ひなかだけいつまでも居残ってるが、
  朝晩は割とすんなり、暦に合わせて涼しくなるじゃんか。」

 「そうだったかな?」

半年も前のことだし、記録を確かめてみないとどうとも言えぬと、
そこは学者だからいい加減なことは言えないか、
慎重になってのこと
気安い相槌が打てないらしいトナカイせんせえだったのへ。
そういう内情が見えたものか、
くくくと笑いつつ煙管へたばこを詰めるのが、
たった一人で一晩で、
何十人前もの仕出し弁当も作ってしまえば、
飾り切りの妙技を駆使し、
女将の襦袢姿を(想像)彫ってしまい どつかれたこともある、
ここ“かざぐるま”の凄腕板前 サンジで。

 「ま、ここんとこの秋の話はともかく、
  ウソップが言いたいことは判るがな。」

食いもの屋だって季節感には敏感だし、
もっと具体的な話、

 「刺身用に仕入れたカンパチやらヒラメやら、
  結局、鍋物や雑炊やに使うことになんのは、
  いくら商売であれ、微妙な気分になるもんだぜ。」

鍋物が悪いとは言わないが、
鮮度のいいのをせっかく見立てたのに、
それが堪能出来る格好で出せないのはしごく残念と。
目の利く板前ならではの不平がついつい出るほどに、
この春はひどく出足が鈍い。
つい昨日までだって冷たい雨が数日ほど降りしきり、
やっと上がったのが今朝の未明。
そこだけ春先の気候らしさが出たか、
やたら風の強い、言わば嵐のような降りようで。
のれんの下に覗く地べたを始め、
店の前の通りには幾つかの水たまりが、
やっと顔を出した陽光をたたえてきらちかと光っているけれど、

 「今になって風邪を引いたって患者も増えてるぞ。」

この冬も寒かったからって用心してて、
やっと暖かくなりそうだなって日和が続いて、
それで油断したところをやられたらしいと。
柔らかく煮込んだ長ネギたっぷりだった玉子丼(甘口)を堪能し、
小さな蹄で器用にお湯呑みを抱えているチョッパーの言葉へは、

 「らしいな。
  捕り方連中にも顔を出せねぇのが結構出てるが、
  そこは盗っ人や悪い奴にも公平にって采配か、
  押し込みだの無体な喧嘩だのの方もずんと減ってるしな。」

こちらさんは飯粒をさらうのを兼ねたか茶碗へそそいだお茶を、
よぉく吹いてから ずずぅっと啜ると、
だよなだよなと相槌しきり、このところの寒さを愚痴るウソップで。

 「ほれ、せんのいつだったかはずんと暖かだったじゃねぇか。」
 「そうそう、
  羽織が荷物になるほどって旦那が多くて、忘れもんも多かった。」
 「だのにこれだろ? こういうのは“寒の戻り”と言わんのか?」
 「さてな、春一番が吹いて彼岸も過ぎちゃあいるが。」
 「桜の季節に寒いのは花冷えっていうんだしな。」

若いめの男ばかりという顔触れながら、
なかなか風流な話題を取り沙汰しておれば、

 「そうなのよね、桜もなかなか咲かないから。」

表からのお声が、
湿った砂利を踏み付ける、丸い下駄の音と共に入って来て。
溜息交じりでも甘い華やかさをおびておいでのお声へつられ、

 「おおナミさん、お帰りなさい。」

退屈そうだった板前さんが、一気にご機嫌さんと化しておいで。
昼ご飯の喧噪を片付けてから
ちょいとご近所を回って
出前の何やかやを引き取って来たらしい、
こちらの女将のご帰還であり。
日頃ならそこもサンジの分担なのだが、

 「花見弁当もウチでよろしくって言って回り始めて何日めだか。
  ここまで手ごたえがないのは珍しいわよ。」

そういう宣伝活動も兼ねてのこと、
男衆の集まる職場でこそ引き合いがあることだからと
男性にも愛想が振れる彼女が回っているものの、
ちゃんと暦を見ての手をつけ始めたはずなのに、
この寒さじゃあ、まだ先の話だねぇなんて、
ともすりゃ笑い話にされているほど。

 「でもな、桜ってのは咲き出すと一気だぞ?」

そこは自信があってか、小さな両手を大きく振り振り、
名医さんが言葉を尽くす。

 「他の木と違って、
  陽あたりのいいとこから順番に咲くなんて悠長はしねぇから、
  咲いてから花見の支度したって
  全然 間に合わねぇ勢いの春もあったってぇぞ?」

 「そうなのよねぇ。」

 そこのところを押すために、
 チョッパー、晩ご飯あとの一回りはあんたも来てくれない?
 えええ〜〜〜〜っっ///////

などなどと、こちらのご城下でも皆して春を待っており。


  そして……


 「お、随分といい匂いがすんだなぁ。」
 「へえ。この時期には付きもんの花ですんで。」

これが生け垣だの道の障壁用の茂みだのに用いられるには、
さすがにまだまだ波及してはないようだけれど。
小さな株でも十分見つけられる香が特徴の、
淡い緋色の小花の盆栽、
誰かさんの寮だろうお庭のひな壇にあるのが見えて。
通りすがりの二人連れ、
柄でもなく立ち止まって、そちらを眺めやっていたところ、
岡っ引きと饅頭笠の雲水という組み合わせ、
もしやして公儀のお調べの何かかなと
そわそわしていた主人が話題を聞いてほっとしたついで。
よければ見て行きますかと招きいれてくださったので、
お言葉に甘えてお庭に立ったお二人さん。

 「あ、構わんでいいぞ。」

どこか大店のご隠居だろう、
こちらの老主人が“お茶の支度を”と家人へ告げたのへ、
意外にもお坊様の方がそんな風に言い立てた。
そして、いかにも手入れの悪そな墨染めの衣の、
しかも懐ろという場所のどこにそんなに入ってたんだか。
その大きな手の中からこぼれ落ちそうなほどの、
大きな紙包みを引っ張り出した雲水様。

 「あ、これって…vv」

破落笑亭の玉子饅頭だ、しかもまだ柔らけぇ〜っvvと。
大喜びの親分さんだったりし。

  ……とくれば、お判りですよね?

雨上がりのご城下を見回ってた親分さんと
“奇遇”にも出会った雲水姿のお坊様。
いいお日和になりましたねぇ…なんて、
お呑気に話していたところへお花の香が割り込んだワケで。

 「これの花を煮詰めたのって、
  歯痛に効くって聞いたことがあるっすよ?」

 「ほんほか? ふげぇなほうはん。」

 「いや、このくらいは自分への手当てにも要ることっすから。」

 「ほいへも、はうはへのはあはおに。おほへへへお。」

 「春だけの花だからこそ、ってこともあるんすよ。」


  ………………………えっと。


 『ホントか? 凄げぇな坊さん』と
 『ほいでも、春だけの花なのに覚えててよ』というの、

きっちり聞き取れてるところが、
ゾロさんの“親分専用対応”の 特別仕様な能力というところでしょうか。
陽射だけなら十分な春めき、風の甘さも早く追いつくといいですねと、
自分の頬といい勝負のふわふか饅頭にぱくつく親分さんへ、
ジンチョウゲの花が囁いた、昼下がりだったそうでございます。





    〜Fine〜  12.03.25.


  *急に寒さが舞い戻った晩に、
   油断してか毛布を蹴り出したせいでしょうか、
   しっかりと風邪がぶり返してしまった身、
   更新にまで食い込んでしまい、ご心配おかけしてすいません。
   沈丁花に関しては別なお部屋で拾ったネタだったんですが、
   そういや、こっちのお部屋でも
   その匂いが元で喧嘩しかかってなかったか、この二人と
   思い出したほど縁がなくもなかったので、
   『
弥生薫花
   ちゃっかり使ってみましたが。
   それにつけましても いつまで寒いんや、今年の冬はっ!


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